2007年10月号「ナショナルジオグラフィック誌」より抜粋

文=ジョエル・K・ボーン Jr. 写真=ロバート・クラーク

ラジルでいち早く取り入れられ、いまや世界中の注目を集めるバイオ燃料。地球温暖化を緩和できるのか。各国での研究の最前線をレポートする。

 インディ500は、米国で人気の自動車レースだ。今年は、ダリオ・フランキッティが史上初めて、トウモロコシを原料とするエタノールでマシンを走らせて優勝した。インディ500は、環境への影響を配慮し、2007年からエタノール業界と協力して全車エタノール100%の燃料でレースを実施している。

 インディ500のエタノール採用は、バイオ燃料ブームの過熱ぶりを物語るエピソードの一つにすぎない。ガソリンやディーゼル燃料に代わる、トウモロコシ、大豆、サトウキビなどを原料とした「再生可能燃料」は、低迷する農業地帯の経済を活性化し、中東石油への依存を断ち切り、二酸化炭素(CO2)の排出量を削減してくれると期待する向きもある。バイオ燃料に含まれる炭素は作物が成長する過程で大気から取り込んだものなので、それを排出しても大気中のCO2濃度は変わらない。理論上は、時速300キロ以上でレーシングカーを疾走させても、CO2の排出量は差し引きゼロになり得るのだ。

 ここで重要なのは、これはあくまで「理論上」の話だという点だ。米国のバイオ燃料は現状だと、農家や農業関連の巨大企業には大きな利益をもたらしても、環境にはあまり良い影響を与えない。トウモロコシの栽培には大量の除草剤と窒素肥料が使われるし、土壌の浸食を起こしやすい。しかも、エタノールを生産する工程で、得られたエタノールで代替できるのと大差ない量の化石燃料が必要になる。大豆を原料とするバイオディーゼル燃料のエネルギー効率も、それより少しましな程度だ。また、米国では土壌と野生生物の保全のために畑の周辺の土地約1400万ヘクタールが休閑地になっているが、バイオ燃料ブームでトウモロコシと大豆の価格が上がれば、この休閑地までも耕作され、土壌に蓄積されているCO2が大気中に放出されるのではないかと環境保護派は懸念している。

 すでに、トウモロコシはここ何年来の最高値をつけ、米国の作付面積は、戦後最大規模にまで広がっている。収穫されたトウモロコシの約2割(5年前の2倍以上)がエタノール生産に回されている。

 国産の作物でまかなえる量には限りがあるが、それでもバイオ燃料に寄せられる期待は大きい。ブラジルという成功例があるからなおさらだ。ガソリンの代替燃料として、サトウキビからエタノールをつくる政策を導入して30年。昨年、ブラジル政府は、エタノールと国産石油の増産により、石油の輸入をゼロにできたと発表した。再生可能エネルギーは将来有望な分野とみられ、著名な実業家たちが関連事業に総額700億ドル以上を投資している。

 「エタノール燃料は、製造方法しだいでは“百害あって一利なし”になりかねません。ですが、野生生物を保護し、土壌中に蓄積された炭素も放出せず、あらゆる面で恩恵をもたらすような方法もあります」と、天然資源の保護を訴える環境NPO(非営利組織)で活動するナサニエル・グリーンは話す。グリーンらによれば、成功の鍵は、食用以外の植物を原料とすることにある。バイオ燃料は、トウモロコシの茎、牧草、成育の速い樹木、さらには藻類からも作れるはずだ。こうした試みと同時に、車の燃費を上げ、地域ぐるみで省エネルギーに取り組めば、2050年までにガソリン需要をゼロにできるという。

バイオ燃料の歴史

 ヘンリー・フォードが1世紀前に開発した第1号のT型フォードはアルコールで走る車だった。ルドルフ・ディーゼルが発明した最初のディーゼルエンジンもピーナツ油を燃料にしていた。だが二人の発明家はまもなく、石油に目をつけた。石油はちょっと精製するだけで、植物由来の燃料よりもはるかにエネルギー効率が高く、製造コストも安い燃料になる。石油の普及で植物由来の燃料は忘れ去られたが、1973年にOPEC(石油輸出国機構)が原油価格を引き上げ、第1次石油ショックが起きると、米国をはじめとする石油輸入国はエタノールを見直し、ガソリンに混ぜて供給不足を補った。

 アルコール燃料が本格的に市場に再登場したのは2000年。おもにガソリンに混ぜて排気ガスをクリーンにする添加剤として利用された。さらにここ数年の中東情勢の混乱で、エネルギーの安定供給が再び差し迫った課題となり、米政府がエタノールの利用推進を掲げ、バイオ燃料ブームに火がついた。

 エタノール推進派によれば、米国の石油業界は、税制上の優遇措置や中東の油田を守るための予算投入など、何十年も巨額の補助金を受けてきた。おまけに石油産業やガソリンの使用による大気汚染が、健康や環境に悪影響を与えている。石油業界への補助金は巨大資本を潤すだけだが、エタノール業界への補助金は農業地帯の経済再生に役立つという。


 米国中西部のネブラスカ州では、州内で生産される作物の約3割をエタノール工場が消費するようになり、トウモロコシの価格は2倍にはね上がった。栽培農家はここ数十年で最高の収益を見込んでいる。農場を営むロジャー・ハーダーズは「今年は豆を植えずに、畑全面にトウモロコシを植えました。うちの牛にやるトウモロコシも売りたいくらいです」と話す。

 これだけブームになってはいるが、米国ではエタノールだけで車を走らせるのは難しく、おもにガソリンの添加剤として使用されている。ただし、中西部のトウモロコシ生産地帯では、約1200カ所の燃料補給スタンドで、E85(エタノール85%とガソリン15%)と呼ばれる混合燃料を販売している。E85は特殊な設計のエンジンでしか使えない。エタノールは燃費がガソリンに比べ30%程度劣るが、中西部では1ガロン(約3.8リットル)当たり2.8ドルで、1ガロン3.2ドルのガソリンに対抗できる。

 ネブラスカ州西部の農場出身のクリスティーン・ウィーツキーは、現在、人口約560人の小さな町ミードにある、米国最先端のエタノール工場の一つで技術部長を務めている。

 エタノールの製造工程は、酒類の蒸留とほぼ同じだ。穀物を発酵させてアルコールにする技術は、はるか昔から知られてきた。まずトウモロコシの実の粉末に水を混ぜて加熱し、でんぷんを作る。このでんぷんに酵素を加えて糖に転換する。できた糖を酵母で発酵させると、アルコールになる。それを蒸留して純度を上げる。残った酒かすは家畜の餌になる。蒸留工程で出る排水は窒素を多く含むので、一部を肥料として畑にまく。

 この工程では、CO2が大量に排出される。エタノールが環境に優しいという説が疑わしくなるのは、このあたりからだ。発酵過程での酵母のCO2排出に加え、大半のエタノール工場では天然ガスや石炭を燃やして蒸留のための熱を得ていて、このプロセスでもCO2が発生する。トウモロコシの栽培にも、天然ガス由来の窒素肥料が使われ、ディーゼル燃料で動く農機がさかんに使われている。

 トウモロコシ由来のエタノールのエネルギー収支(燃料生産に投入されるエネルギーと、その燃料から得られるエネルギーの比)を調べた研究結果によると、製造に必要な化石燃料のほうがエタノールで代替できる化石燃料よりも多く、収支は赤字になるか、わずかにプラスになる程度だという。算出方法により多少の差はあれ、トウモロコシ由来のエタノールが地球温暖化の解決策でないのは確かだ。

 「バイオ燃料は弊害を生むだけです。本当は省エネに取り組むべきなのに」と、エタノール批判の急先鋒、米国コーネル大学のデビッド・ピメンテルは主張する。「エタノール事業は、政府が国民の目をごまかすために行う無駄な事業だと、多くの人が嘆いています」

 だが、ウィーツキーをはじめミードの工場の技術者たちは、自己完結型のシステムを導入すれば、エネルギー収支を改善し、温暖化ガスの排出を削減できると考えている。工場の隣の牧場から肉牛の糞を回収して1万5000キロリットルの巨大な2台の処理装置にかけ、メタンガスを取り出して蒸留ボイラーの燃料にする。つまりバイオガスを使ったバイオ燃料の生産というわけだ。効率アップは環境に良いし、工場の増益にもつながると、ウィーツキーは言う。


 トウモロコシ由来のエタノールを見る限り、バイオ燃料にはあまり期待できそうもない。だが、ブラジルのサンパウロでは、希望のもてる光景に出会うことができる。車が多いこの都市では、運転手が渋滞でイライラしていても、アルコールがたっぷり入ったエンジンは、ほろ酔い機嫌でアイドリングしている。アルコールの供給源は、この国の広大なサトウキビ生産地帯だ。

 ブラジルでは1920年代から車の燃料にエタノールを使っていたが、70年代には国内で消費される石油の75%を輸入に頼るようになり、第1次石油ショックで経済は大打撃を受けた。

 そこで当時の大統領エルネスト・ゲイセルは大胆なエネルギー転換政策に踏み切った。政府は新設のエタノール工場に多額の補助金を提供。国営の石油会社ペトロブラスにはエタノールの補給スタンドを全国に設置させ、エタノール100%の燃料で走る国産車の生産を奨励するため優遇税制を導入した。結果、80年代半ばには、ブラジル国内で販売される車はほぼすべてアルコールだけで走るようになった。

 純粋なエタノールはオクタン価が113前後と極端に高く、ガソリンよりもはるかに高い圧縮比でよく燃えるので、エンジン出力が大きくなる。何より、政府の補助金のおかげで、ガソリンより大幅に安いのが魅力だった。

 とはいえ、ブラジルでもエタノールが低迷した時期はある。原油価格が下落した90年代初めには、エタノールの補助金が段階的に打ち切られる一方で、砂糖の国際価格が上昇。サトウキビからエタノールを作るより、砂糖にしたほうがもうかるようになり、アルコール燃料が入手困難になった。「車に燃料を入れるにも、2時間は待たされましたよ」と、サン・ベルナルド・ドカンポ市にあるフォルクスワーゲン・ブラジルの主任エンジニア、ホジェ・ギレーミは話す。

 10年後に原油価格が上昇に転じると、再びアルコール燃料が見直されたが、ブラジルの人々は過去の苦い経験から、完全にアルコールに切り替えることには慎重だった。このとき、ギレーミは上司から難題を与えられた。ガソリンでもエタノールでも走行可能な車を低コストで生産する方法を考えろ、というのだ。

 ギレーミのチームはフォルクスワーゲンに燃料システムを納入しているマニェティ・マレリ社と共同で、エンジンの電子制御ユニットの新しいソフトウエアを開発した。ガソリンでもアルコールでも、その混合燃料でも、最適な空燃比と点火時期を自動調整するシステムだ。

 フォルクスワーゲンは、サッカー大国ブラジルらしい「ゴール」という意味の名をもつ小型車ゴルにこの新機能を搭載し、2003年にブラジル初のフレックス燃料車(アルコールでもガソリンでも走れる車)として売り出した。これが人気を集め、ブラジルの他の自動車メーカーもフレックス車を生産するようになった。今ではブラジル国内で販売される車の85%近くがフレックス車だ。エタノールはガソリンよりも、1リットル当たり約60円安く、フレックス車の燃料の大半はここ何年もエタノールだけだ。

 実のところ、ブラジルのエタノール・ブームを支える本当の柱は、エンジン技術ではなくサトウキビだ。トウモロコシは、実に含まれるでんぷんに高価な酵素を加えて糖に分解して発酵させるが、サトウキビは糖分を20%も含むため、収穫後ほとんど手間をかけずに発酵させることができ、1ヘクタールの畑からトウモロコシの2倍以上の約5700〜7600リットルのエタノールが得られる。

 世界屈指の規模を誇る砂糖とエタノール工場、ウシナ・サン・マルチーニョは、“エメラルド砂漠”と呼ばれる、サンパウロ州中部の主要なサトウキビ生産地の中心に位置する。この巨大な工場では、年間700万トンのサトウキビから、国内で車の燃料として消費されるエタノール30万キロリットルと、おもにサウジアラビアに輸出される50万トンの砂糖を生産している。また、国内外で高まるエタノール需要に応じるため、作付面積が急速に拡大しているゴイアス州のサトウキビ生産地帯にも、300万トンの処理能力をもつエタノール専門の工場を建設中だ。

 エメラルド砂漠では、1回の作付けでサトウキビが7回収穫され、蒸留工程で出た排水は肥料として再利用される。ブラジルのエタノール工場、サン・マルチーニョでも、電気を電力会社に頼っていない。

 この工場では、バガスと呼ばれるサトウキビのしぼりかすを燃やして熱と電気を得ていて、通常操業ではわずかながら余剰の電力も生み出している。サトウキビを運ぶトラックや農機、種まき用の飛行機までもが、エタノール燃料を使用している。「わが社は徹底的に効率性を追求しています」と工場長は話す。

 トウモロコシ由来のエタノールは、エネルギー収支が赤字すれすれだが、サトウキビでは「投入する化石燃料と得られるエタノールの比が1:8程度です」と、ブラジルのサトウキビ研究者イサイアス・マセドはいう。サトウキビ由来のエタノールの生産と消費の過程で排出されるCO2は、ガソリンよりも55〜90%少ないと推定されている。マセドは、「バガスを燃やす量を減らし、トラクターを省エネ運転すれば、エネルギー効率は1:12か13まで上げられます」という。

 もっとも、サトウキビにも問題はある。サン・マルチーニョのサトウキビはほぼすべて機械で収穫されているが、ブラジルの大半の地域では人の手で収穫される。高賃金とはいえ、暑さに耐えながらの過酷な仕事で、毎年過労で亡くなる労働者が出ているという。またヘビを退治し、サトウキビを刈りやすくするために、収穫前に畑に火を入れる慣行があり、そのときに上がる煤煙には、強力な温室効果ガスであるメタンと亜酸化窒素が含まれる。

 ブラジルでは、今後10年でサトウキビの作付面積が2倍近く増える見込みで、森林伐採が進みかねない。また、サトウキビ畑の拡大で放牧地を追われた畜産農家が、アマゾンやセラードと呼ばれるブラジル中央部の生物多様性に富む草原地帯を切り開くかもしれない。「生産プロセスを考えると、アルコールは“クリーンなエネルギー”とはほど遠い。特に焼畑や労働者の酷使が問題です」と、サンパウロ州労働検察官マルセロ・ペドロソ・グーラーはいう。

食料供給への影響

 農作物を使ったバイオ燃料は、食料の供給を圧迫するという問題もある。国連は、バイオ燃料の潜在的なメリットは大きいとしながらも、1日に2万5000人も餓死しているなか、バイオ燃料ブームで作物の価格が上がれば、食料の安定供給が脅かされると警告している。21世紀半ばには、エネルギーと食料の需要は2倍以上にふくれあがる見込みだ。だが、温暖化が進み、今後数十年で農業生産性は現在よりも低くなると、多くの科学者が危惧している。

 食料の安定供給を脅かさずに、バイオ燃料のメリットを生かすには、食用以外の原料を用いるしかないだろう。これまではトウモロコシの実やサトウキビのしぼり汁がエタノールの主な原料となってきたが、植物の茎や葉、さらには木くずなど、通常は廃棄されるものからも、エタノールは作れるはずだ。

 こうした原料の主成分であるセルロースは、糖の分子が鎖状に連なった丈夫な繊維で、植物の細胞壁を構成する。この分子の鎖をばらばらにして糖分を発酵させれば、食料供給を減らさずに大量のバイオ燃料が得られる。スイッチグラスなど、地下深くに根を張る多年生の牧草を原料にできれば、広大な牧草地がよみがえるだろう。牧草地には野生生物が生息し、土壌には炭素が蓄えられ、土壌の浸食を防げる上に、国産の燃料を十分に確保できる。これならいいこと尽くめだと、バイオ燃料推進派は夢を膨らませる。

 セルロース系エタノールの製造は理論上は単純だが、ガソリン並みにコストを抑えるのはそう簡単ではない。今のところ、米国でセルロース系のエタノールを生産しているのは数カ所の実証プラントに限られる。その中でも早くから実証試験に取り組んでいるのがコロラド州の国立再生可能エネルギー研究所だ。ここでは1トンのバイオマス(トウモロコシの茎、スイッチグラス、木材を細かく刻んだもの)から約1週間で265リットルのエタノールを生産できる。

 こうした原料には、セルロースとヘミセルロース(セルロースとともに植物の細胞壁を構成する多糖類)のほかに、リグニンという高分子の物質が含まれる。リグニンはセルロースの分子同士を結びつけ、構造を強化する働きをもつ。そのおかげで、植物の茎や幹はたくましく成長できるのだ。このリグニンという結着剤があるために、バイオマスの分解が難しいことを、パルプ業者や製紙業者たちはよく知っている。「リグニンがあれば何でも作れるが、お金にだけはならないと昔から冗談で言われているほどです」と、エタノール計画の上級研究員アンディ・エイデンは言う。

 セルロースの分子をリグニンから解き放つために、あらかじめ熱と酸でバイオマスを処理することが多い。その後、先端技術で開発されたハイテク酵素を加えて、セルロースを糖に分解する。こうしてできた焦げ茶色で甘い香りがする水飴状のものを発酵タンクに入れると、細菌や酵母の働きでアルコールに転換される。

 現在の工程でアルコールに転換できるのは、バイオマスに含まれるエネルギーの45%程度。原油から石油を精製する場合の85%と比べれば、著しく効率が悪い。セルロース系エタノールがガソリンと競合するにはエネルギー効率を改善する必要があり、セルロースを効率的に糖化する酵素の研究が進められている。一例として、シロアリの消化器からセルロースを分解する作用をもった酵素や細菌などを取り出し、その遺伝子を組み換えて利用する方法が検討されている。

 技術的にはさまざまな課題が残るが、セルロース系エタノールには大きな期待がかかっている。茎や葉も完全に利用できれば、同じ量のトウモロコシから2倍のエタノールが生産できるし、スイッチグラスでは作付面積当たりのエタノール生産量がサトウキビとほぼ同等になるとみられている。

 環境に影響を与えずにエネルギー問題を解決できる“夢の原料”はないと、バイオ燃料の研究者は口をそろえる。そうした中で、最も希望がもてそうなのは、池や沼に自生する単細胞の藻類だという。太陽光とCO2があれば、排水や海水の中でも育つからだ。藻類を原料とするバイオ燃料の事業化に取り組んでいるベンチャー企業もある。米国マサチューセッツ州ケンブリッジのグリーンフューエル・テクノロジーズ社は、いわばこの分野のトップランナーだ。同社は、発電所から排出されるCO2を回収し、藻類に吸収させるシステムを開発した。

 藻類は温暖化ガスの排出を減らすだけでなく、他の汚染物質も分解する。でんぷんをつくる藻類からは、エタノールを生産できる。また、小さな油滴をつくる藻類の場合、精製してバイオディーゼル燃料やジェット燃料を得られる。そして藻類の大きな利点は、条件がよければ、ものの数時間で倍増することだ。

藻類に集まる期待

 1ヘクタール当たり、トウモロコシは年間2500リットルのエタノール、大豆は560リットルのバイオディーゼル燃料をつくれる程度だが、藻類なら理論上は4万5000リットルものバイオ燃料を生産できる。

 「トウモロコシも大豆も収穫は年に1度ですが、藻類なら毎日収穫できます。しかも、わが社の経験では、藻類はボストンからアリゾナまで、どこでも育てられます」と、バージンは胸を張る。彼の会社は、米国アリゾナ州最大の電力会社アリゾナ・パブリック・サービス社と共同で、同州フェニックスの西にあるレッドホーク発電所が排出するCO2で藻類を育て、CO2の排出を削減し、バイオ燃料を生産するという一石二鳥のシステムの実証試験を行っている。

 このグリーンフューエル社が“エネルギー農場”と呼ぶのは、長さ100メートル、幅15メートルのビニールハウスと、そこに隣接するトレーラーを改造したオフィス、いくつかの貨物コンテナが並んだだけの施設だ。ビニールハウスの外には、泡立つ緑色の液体を入れたビニール袋が吊り下げられている。これは、ビニールハウス用の藻を育てる“種苗農場”だそうだが、企業秘密だとしてそれ以上は説明してもらえなかった。

 同社が秘密保持に神経をとがらすのも無理はない。限られた空間で大量の藻類を育てる方法を知るのは世界でも10数人だと、藻類生産責任者のマーカス・ゲイはいう。藻類の研究は生物学でもあまり日の当たらない分野だったが、ここに来て一躍注目を集めている。

 藻類から燃料を作る場合も、セルロース系エタノールと同様、最大の課題はコストだ。「石油から精製したディーゼル燃料より安くできないと、事業として成り立ちません。たとえ1セントでも割高になってはだめなんです」とゲイはいう。

 バイオ燃料の将来は、供給量、効率性、価格でガソリンに対抗できるか否かにかかっている。条件は厳しいが、現段階でバイオ燃料が夢のエネルギーであることは、否定できない。

 先進の諸国に比べ、日本はバイオ燃料の導入では一歩出遅れている。東京大学大学院農学生命科学研究科の横山伸也教授は「現在の年間生産量は、バイオエタノール30キロリットル、バイオディーゼル燃料1万キロリットルとごくわずか。しかし『バイオマス・ニッポン総合戦略』が策定され、京都議定書の目標達成に向けてバイオ燃料の導入推進が求められています」と話す。そのため、コメなどの農作物や木質系バイオマス、食用油の廃油の利用について、研究や実証実験が各地で進行中だ。

 アリゾナ・パブリック・サービス社の技術者レイ・ホッブスが、ディーゼル燃料で走るフォードの大型バンにエンジンをかけた。普通のディーゼルエンジンと違って排気ガスは透明で、臭いも少ない。燃料は、レッドホークの実証プラントで藻類から作ったバイオディーゼル燃料だ。植物由来のディーゼル燃料は潤滑性に優れ、ディーゼルエンジン特有のノイズや振動が抑えられて、エンジンがスムーズに回転するという。

 ホッブスのもとには、電力会社からの問い合わせが殺到している。温室効果ガス削減や、政府が義務づけた再生可能燃料の生産割当を満たす手段として藻類に関心を寄せているのだ。さらに、中東の産油国にまで注目されている。アラブ首長国連邦は、2億5000万ドル(約58億円)を投じてバイオ燃料などの開発計画に着手した。産油国の指導者たちも石油時代が永遠には続かないと気づいたようだ。